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今昔日本人欧米人の夫を比較

2014年3月25日
EC054_L

最近、連れ立って歩いている若い夫婦の場合、赤ん坊を抱いているのはさすがに父親のほうになった。二十年前、それは母親の役目であった。
それでも中年の夫婦が歩いているのを見ると、荷物を抱えているのはまだまだ妻のほうである場合が多い。
そして一度家に入れば、サービスは一方的に妻の役目となる。一口でいえば、妻は夫の小間使い。夫は横のものを縦にもしない。
こうした日常を当然のこととして受け入れ、サービスに徹する役割に疑問を持たない「従順な妻」の大半は、亭主は「丈夫で留守がよい」と思っている昔風の妻である。
しかし結婚を男女の愛の場として捉え、・ハートナーとしての夫を望んでいる妻たちの悩みは深い。彼女たちの大半は、満たされない思いをかみしめつつ日食を送っている。
しかし初めにいったように「離婚したって、日本の男はどれもこれも似たりよったり」。
一見「やさしい夫」の増えたように思われる若い世代も、この構造ははびこっている。ただ彼らは、昔の夫たちのように、露骨にその無関心をさらけださないだけなのだ。
「家事にしわよせがこないなら、君は何をしてもいいよ」のせりふを吐きながら、彼らは仕事を口実に家庭から逃亡する。
彼らもやはり、「釣った魚には餌をやらない」昔の夫と本質的に変わりはない。彼らの自我は、一人前の男として妻と関わりをもつだけの成長をとげていないのだ。
「くたびれた。せめて家では、すき放題にさせてくれよ」。これが夫のホンネなのである。
離婚した男がすぐにも再婚したがるのに、女のほうはもう結婚はこりごり、とシングルをきめこむ現実の背景には、こうした夫たちの大群がひしめいている。
面白いことに、こんなふうに身近な女にはひたすら小間使いを求める日本の男たちも、いっさいの女に興味を持たないわけではない。
じつは彼らも外国の男とひとしく、女性が好きなのである。ただしその「好み方」が違う。
昔と違う現代の日本男子の中からあなたに合う人を探してみてください。

参考:出会い系 サクラいない