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欧米に「いい男」を求める原因とは

2014年3月19日
EC052_L

男は(とくに管理職年代の人びとは)女にどんなふうに向き合い、どんな話をしたらよいのか分からない。
ごく当たり前に、自分と同じ人間として扱えばいいものを、それができない彼らは、いい歳をしたおばさんを「女の子」扱いしてからかってみたり、
まだまだ若い女性を「おばさん」扱いして敬遠してみたりする。そうしていないと落ち着かないのだ。
これはたしかに長い間、男女が隔離されて育てられていた時代の後遺症で、共学世代にはこの傾向がはるかに少なくなってはいる。
しかしそこにはもっと深刻な人間性の問題がひそんでいる。どんな人でも、人をばかにしたり、無視したり、軽く扱ってよいはずはない。
ところが女に対して、男はごく気楽にそうした差別的態度をとる。社会通念として、そのことが許されているからだ。
女に対する態度こそ、男性の人間としての成熟度が表われてくる。その人の思想のホンネが、人間に対する差別感覚の有無が表われてくる。
宗教家にせよ文学者にせよ、女を軽蔑し、差別する人はつねに二流、三流の人物だと考えて間違いはない。
とくに日本の男の場合、異性に「母親役割」を求める人があまりに多い。それはせんじつめれば、一人前の、対等の男性として女に向き合う姿勢の放棄につながる。
ますます多くの「いい女」が欧米の異性に「いい男」を求めるようになりつつある現実は、こうした状況の反映といって間違いはないであろう。
しかし、日本男子全員がダメなわけではない。

参考: